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今にも張り裂けそうなくらいに、丸々と。
あと2週間もすれば、桜もさく頃になるのかな?
光の射す方を、真っ直ぐに、的確に、指差してくれたから不安がなくなった。
自分でまるで判断ができない時は、信じてる人の言葉を、私は信じる。
人を見る目だけはあるのだよ。そう、思ってるんだ。
様子を見に来てくれたのは、きっと優しさからで、ひさしぶりに心から楽しく笑えたよ。
最近とても気が張り詰めていたから。
ふわふわ、ゆるゆる、だるだる~っ、えーんっって、酔わせてくれてありがとう。
優しくしてくれて、楽しくさせてくれて、ありがとう。
私はこれからも、カツカツと真っ直ぐ前を向いて、元気に笑顔で歩いて行くので、よろしくね!
私は未だに余震が恐い。とても恐い。だけどもう、恐いというのを止めました 笑
「言霊」ってあると思うのです。
恐い、不安だ、辛い、悲しい、そんなことばっかり言っていると、どんどん負のスパイラルに引きづられていって、抜け出せなくなるように思うのです。
時に言葉は魂をもって、ひとり歩きし始めるから油断がならない。
発した言葉の方向に精神が引きづられていく感じ。
なので気をつけて、止めようと思うのです。
私は綺麗になりたい。美しくなりたい。
なので綺麗で美しいものを見つめてゆくことに決めました。
そして優しくなりたい。穏やかでいたい。
なので優しく穏やかなものに触れてゆくことに決めました。
誇りまみれのコートは脱いで。
菜の花の蕾が開くような幸せを、窓先の小鳥が歌うような喜びを、やがて訪れる春風に乗せて。
さわさわと音を立てながら、裸足で駆け抜けるような、ピュアな若葉を揺らして。
透き通るような水色の空と、みずみずしく薫る空気に、精一杯の深呼吸をして。
そんな風に過ごしてゆきたいと思ってます。
TVの映像に映る、がれきの山になってしまった東北を見ているにつれて、私の記憶の3分の一が、記憶の奥深くに存在する私という人間が、亡くなってしまったように思えた。
東北の穏やかな空気を想う時、のどかな田園風景を想う時、親戚が集まって食卓を囲む夏休みを想う時、そこにいる私はまだ幼くて、いっぱいの優しさと愛に包まれている。
久しぶりに故郷に帰って来た娘である母と、孫である私と妹を、祖母はとても可愛がってくれた。
もともと7人兄弟の末っ子の母は、お見合い結婚を嫌がって、結婚式3日前に家出してひとりで東京に出てきたこともあり、みんなにとってはいつも心配の種で仕方なく、そんな心配な母に育てられてる私達を不憫に思っていたのだと思う。
当時はまだ東北新幹線も一関までは通じてなくて、仙台辺りで降りて在来線に乗り換えていたように思う。
遠い記憶なので曖昧だけど。
そうやって、長い旅路の向こうにある東北の夏は素晴らしく、冬は厳しかった。
その上、山の中だったので特にそうなのかもしれないけど、日本昔話そのままの風景で、たまにキツネやタヌキの妖怪が出た。見たことはないけど、祖父母が化かされたことがあると言って私を恐がらせた。
深い闇が続く夜は、それはそれは恐かったことを思い出す。
そんな遠い思い出しかない私でさえそうなのだから、東北で暮らしている方々、実家が東北の方々などの喪失感は、相当なものなのだろうと思う。
先日やっと電話が通じるようになって母が実家の叔父と話したところ
「こっちはみんな大丈夫だから心配するな、そういえば東京はお米がないみたいだけど送ってあげようか?」
と言われたそうだ。
現在は自分の家で食べる分くらいの無農薬の農業しかやっていないのだけど、備蓄がかなりあるらしい。
といっても、つい先日まで避難所生活を強いられてきたことを思うと、被災状況が他の地区よりもまだましだったって程度なんだろうけど。
何かしてあげられることはないのかな?って思うけど大丈夫だ、心配するなという。
「そして5月になったらまた早苗もすくすく育つよ、」って。
私はそれを聞いて涙が止まらなかった。
なんだかなぁーと思う。
ご無事で現在避難所を離れて、義理の妹さんのところに身を寄せているみたいです。
昨日あたりから携帯も繋がるようになったとのことです。
とりあえずご報告まで。
旅人のように訪れる、ずーっと大切にしたい兄のような人と、春を食す。
ふきのとうに、菜の花に、桜海老、そして写真は「春ガキのポアレ」
厳しい冬を乗り越えて、春は息吹く。
強かに、しなやかに、優しく。
一足先に春を食べるとね、幸せになれるような気がするの。
季節ががらりと変わって、穏やかな温もりに包み込まれるような、幸せの象徴のような春。
凍えた空気を溶かして、太陽は全てをパルテルカラーに染め上げる。
優しさのような、愛のような、小さな命の産声。
そんな春の希望がね、細胞に根付いたような気になるの。
そんな話をしながら呑んでたお酒は「臥龍梅」
臥龍梅とは龍のような枝が伸びる梅の木なんだって。
幼少期の徳川家康がどこかの人質として隠れていた頃、将来の栄華を願ってお庭にこの梅を植えたらしいんだけど、梅の木が素晴らしく華やかになってゆくのと時を重ねて、家康も天下人へと向っていったらしく、そういう意味のお酒なんだって。
うーん、なるほど。。。
口に含むと始めは大人しい感じなんだけど、すぐにぱーっと華やかな主張を始める感じがしたよ。
こういうのって面白いな。
作り手のコンセプトみたいのが解っていると、また違った風にお酒が楽しめるし、生き生きとした表情が出てくるね。
日本酒って奥が深くて繊細だね。そして感性の飲み物でもあるんだね。
そんなふうに小さなお猪口の中に詰まったいーっぱいの物語を、イマジネーションを膨らませながら味わうってやり方に、新鮮な感動を覚えた夜でもありました。
ありがとう☆
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生意気にもR&B・JAZZ系のアドリブ音楽の世界に足をツッコンでみる。
しかし~音の世界とはそう甘くは無いことに最近気づきはじめ(って遅い?)ふらふら眩暈に襲われる毎日で。
そんなひよっ子の私を支えてくれてる音仲間集団「R&BCLUB 」との日々を日記にして行きたいと思います。